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最初の臨界事故

1945年8月21日、ロスアラモス研究所で働いていた物理学者のハリー・ダリアンは、プルトニウムの塊を用いて中性子反射体の働きを見る実験を行っていた。プルトニウムの塊の周囲に中性子反射体である炭化タングステンのブロックを積み重ねることで徐々に臨界に近づける、という要旨の実験であった。ブロックをコアに近づけ過ぎると即座に臨界状態に達して核分裂反応が始まり、大量の中性子線が放たれるため危険である。しかしダリアンは手が滑り、ブロックを誤ってプルトニウムの塊の上に落下させてしまった。プルトニウムの塊は即座に核分裂を起こし、そこから放たれた中性子線はダリアンを直撃した。ダリアンはあわててブロックをプルトニウムの塊の上からどかせたものの、彼はすでに致死量の放射線(推定5.1シーベルト)を浴びていた。ダリアンは25日後に急性放射線障害のために死亡した。

第二の臨界事故

1946年5月21日、カナダ出身の物理学者ルイス・スローティンと同僚らはロスアラモス研究所にて、未臨界の核分裂性物質に中性子反射体をどの程度近づければ臨界状態に達するか、の正確な距離を調べる実験を行っていた。今回使われた中性子反射体はベリリウム、臨界前の核分裂性物質として使われたのは前年ダリアンの命を奪ったデーモン・コアである。スローティンらは球体状にしたベリリウムを分割して二つの半球状にしたものを用意し、その中央にデーモン・コアを組み込んだ。そして、ベリリウムの半球の上半分と下半分との間にマイナスドライバーを挟み込み、手に持ったマイナスドライバーをぐらぐらさせて上半分の半球をコアに近づけたり離したりしながらシンチレーション検出器で相対的な比放射能を測る、という実験を行った。挟みこんだドライバーが外れて二つの半球を完全にくっつけてしまうと、デーモン・コアは即座に臨界に達し、大量の中性子線が放たれるため危険である。この実験は、たった一つの小さなミスも許されない危険性からロスアラモス研究所のスタッフの中でも人望高い研究者リチャード・ファインマンが「ドラゴンの尻尾をくすぐるようなものだ」("tickling the dragon's tail")と批判し、他のほとんどの研究者は実験への参加を拒否したほど悪名高いものであった。しかし、功名心の強い若き科学者であったスローティンは皆の先頭に立って何度かこの手の実験に参加しており、ロスアラモスのノーベル賞物理学者エンリコ・フェルミも「そんな調子では年内に死ぬぞ」と忠告していたと言われる。

そしてついにこの日、スローティンの手が滑り、挟みこんだドライバーが外れて二つの半球が完全にくっついてしまった。即座にデーモン・コアから青い光が放たれ、スローティンの体を熱波が貫いた。コアが臨界状態に達して大量の中性子線が放出されたことに気づいたスローティンは、あわてて半球の上半分を叩きのけ連鎖反応をストップさせ他の研究者たちの命を守ろうとした。彼は文字通り皆の先頭に立って実験を行っていたため、他の研究者たちへの放射線をさえぎる形で大量の放射線をもろに浴びてしまった。彼はわずか1秒の間に致死量(21シーベルト)の中性子線とガンマ線を浴び、放射線障害のために9日後に死亡した。

スローティンの間近にいた同僚のアルバン・グレイブス(英語版)も中性子線の直撃を受けたが、彼はスローティンの肩越しにデーモン・コアを見ていたため、中性子線がいくらかスローティンの体によってさえぎられ、数週間の入院ののちに無事に退院した。だが、その吸収線量は少ないとはいえず、慢性の神経障害と視覚障害の後遺症が残り、放射線障害に生涯苦しみぬいた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/デーモン・コアより