足が遅かった頃、中学校の体育教師に短距離苦手な奴が集められたことがあった。
— 梧桐彰 (@AkiraGoto_kkym) 2018年5月27日
また説教かと思ったところ、フォームを細かくチェックされて全員が1秒以上タイムが縮まり「これが体育だ」と言われた。
あの経験がなければ運動が得意になる日は来なかったと思う。
本当に体の弱い奴は早くなってもやっぱり知れたものだったが、その先生は「自分を超えることは、他人と自分を比較するよりはるかに大事だ」ということを繰り返し伝え、運動の苦手な生徒を決して責めなかった。あの先生のバックグラウンドってどんなのだったんだろう、と今でも時々思う。
— 梧桐彰 (@AkiraGoto_kkym) 2018年5月27日
体育の先生ってそもそも野球なり体操なりで活躍したフィジカルエリートで体の弱い子の教育ってよくわからんと思うんだけどね。
— 梧桐彰 (@AkiraGoto_kkym) 2018年5月27日
地元の教育大の出身だったんだけど、何をやってた人だったんだろう。
救急法や膝や腰を痛めないトレーニングとかについてもやたら丁寧だった。
— 梧桐彰 (@AkiraGoto_kkym) 2018年5月27日
野球部の顧問だったけどピッチャーの級数制限なんかも相当に厳格だったし、今でもああいう人は珍しいのではと思う。
素敵なツイートです。ありがとうございます。これが体育だ、格好いい!私は五十過ぎてジョギングを習って、罰じゃない走ることってこんなに楽しいのかと驚愕したおばちゃんです。比較と優劣じゃない実技って本当に大事。お宝として保存させてくださいませね
— 刺繍べっぴん@博多っ子 (@Ucopiii) 2018年5月28日
私は手足の短いキューピー体型でずーっとかけっこも短距離走もドンケツでした。一度だけクラス対抗リレー出場を押し付けられ泣きそうでしたが、担任教師の個人指導と私より先に走る級友の機転で、抜かれずにバトンを次走者に渡せました。あの時の級友の声援と歓声は忘れません。
— HKmoviefan☂ (@HKmoviefan) 2018年5月28日
ぼくも高校部活の顧問の先生にお世話になって、大学でお陰で部長までやらせて頂くほどになりました。
— 薬剤師ケン (@eyay4) 2018年5月28日
丁寧ではなかったけど、運動できない奴でも決してけなしたりしなかった。
お陰で人生変わったと思ってます。
ちょっと忘れかけてました。ありがとうございます。
良い先生だなあ
— 啓蒙マン@某国立大学 (@MeditzRoyal) 2018年5月28日
本当に走る楽しさを知っている先生なのでしょうね。足の遅い子は体育の時間や運動会で公開処刑状態になり笑われたりいじめられたりして体育嫌いになりやすい。そういう子にこそ走ることの楽しさを伝えたいと思われたのでしょう。指導力も素晴らしい!体育以外の教科でも大事なことだと思います。
— ラムレーズン (@a2dLPte5HW0BU3B) 2018年5月28日
フォーム改善によって『平均より遙か下』が平均程度には向上する…それによって『苦手意識という思い込み』が解消されるのは、劣等感に悩まされて成長が滞りがちな児童生徒の心を伸び々々と解放する。体育のみならず学科でも、こうした教育を施せる教師が増えて欲しいと願わずにいられない。 https://t.co/xJX0igUj4h
— …は未だ無いSt.破廉恥ヌス (@N_Cocky) 2018年5月28日
だよね。
— Dainen (@Dainen001) 2018年5月28日
教育として体育をやるなら、速く走る事が出来るフォームを教えるのが仕事。
タイムはあくまで結果でしかないし、比較するならフォームの改善前後で、他人とじゃない。 https://t.co/ssF52AqtoV
そう、それが体育だ。
— Yuni Ando@ゆに鍼灸院 (@anyuni) 2018年5月28日
体育の先生は、自分が体育が得意なだけの人が多いように思う。私が出会ってきたのはそうだった。
でも本当は、「できない人をできるようにする」のが先生の技術よね。https://t.co/s2E2CH1iiL
って誰かが